ピク十夜


「さすがは運慶だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただDSと我れとあるのみと云う態度だ。天晴れだ」と云って賞(ほ)め出した。
 自分はこの言葉を面白いと思った。それでちょっと若い男の方を見ると、若い男は、すかさず、
「あの鑿(のみ)とマーカーの使い方を見たまえ。大自在の妙境に達している」と云った。


 運慶は今太い眉を一ブロックの高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯をブロックに返すや否や斜(はす)に、上から槌を打ち下した。堅いブロックを一と刻みに削って、厚いブロックくずが槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開いた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。その刀(とう)の入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾んでおらんように見えた。


「よくああ無造作に鑿を使って、思うような眉や鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言のように言った。するとさっきの若い男が、「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻がブロックの中に埋っているのを、鑿とマーカーの力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。


 自分はこの時始めて立体ピクロスとはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。それで急に自分も仁王が彫ってみたくなったから見物をやめてさっそく家へ帰った。